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2010年2月

マドレボニータも、、気になっています

同じようなお母さん活動として、マドレボニータも気になっています。産後の女性をもっとバックアップしようという有り難いかつ絶対必要なプロジェクトです。妊婦さんにも赤ちゃん連れのご家族にも、玉松会ライブでほっこりしてもらいたい、のと、かぶって何か活動出来ないかなと思うのです。これは去年10月から目をつけていてまだ動いていません。一度集まりに参加してみよう!と思っていますhappy01

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「お母さん大学」に入学!

随分前から、お母さん業界新聞のふぁんでした。見つけると読んでところかまわず涙を流していましたが、定期購読までにはいたらなかった。余裕がありませんでした。が、昨年からどんどん新しいことに挑戦するたまこ。とうとう、お母さん大学に入学を果たしました。子どもとともにある生活をもっと大切にしたい。感謝の声を叫びたいしそれを仲間と分かち合いたいと思うのです。
お母さん業界新聞まだご存じない方はぜひ一度ご覧下さいね。随喜のこころがいっぱいになります。

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こころのはなびら

20代のとき考えていたこと。こころには花びらがたくさんあって、それはいつもこころを守るように幾重にも重なって堅いつぼみ。それが、なにか、そのひとのすきなもの、興味弾かれるもの、安らぐもの、いとおしいものに出会うと、つぼみはひらきだし、きれいな花を咲かせる。こころは感性、花びらは理性。つぼみを開かせるものはひとそれぞれでしょうが、良きもの、うつくしきものに相違ない。
刀が直撃すると傷つくから、普段ははなびらで守っている。喜びに包まれ花が開くと、それは芳香を放ち、ひかり輝くのでしょう。どんな光を放つか、どんな花びらを持つかは、その人の選択。
こころの花を咲かせる音楽活動をする。たまこの夢。
こころの花をおおきくそだてる音楽活動をする。大きな夢。

最近の大きな発見は、音楽活動にこだわることはない!一挙手一投足、たまこの表現として、なりうるのだ、ということ。ダンサーになるのをやめて(そんなこともしてた)稽古しなくなって、悲しいと同時に、ステージの上でスポットライトを浴びないのを残念に思っていたけど、スポットライトの下だけがステージじゃないことが、よくわかった。前も頭ではそうもおもったけど(シェイクスピアも仰せだし)からだでやっと納得がいったのです。

町ですれ違ったひとのとても素敵な雰囲気にふとこころが軽くなり、からだもかるくなったこと、ありませんか?ほんの一瞬でいいんです。固くなってしまったこころとからだをほぐすのはほんの一瞬のできごとでかわっていきます。一秒でいい。そんな一秒をまわりになげかけられるのは素敵なことです。
たまこも、つよくなりたい。やさしくなりたい。しなやかでありたい。


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わたし、とわたしのからだ

昨年9月タオ指圧の治療を受けて、私は今世で、このからだを神様からお借りして、勉強してるのだなあと、すーっと納得がいった、いわば自分を丸ごと受け入れることができそうで、とっても暖かな安心感と、感謝と喜びを味わった。指圧受けてなんでそうなるの?と思われる方は、タオ指圧の世界をのぞいてみてください。この間3人目のこどもが生まれた後も、やっぱり同じように、ああ、わたしはこのからだを借りている、最大限長持するように大切にして、最大限に生かして働かせて頂こう、と、心から思った。
この感覚を探って思い出してみると、、喜劇を演じているとき、その役者が心底まじめにその役を生きていたとき、観客は自分を制御出来ない笑いに引き込まれることがある、その役者の状態だ!と思うに至ったのです。日常ではつい、しっかりしなきゃって、普通の自分より少し背伸びしてみたり、又逆になまけてみたり、ほんとうの、奥の自分ってなかなか会えなければ出ても来ない。それが役者から出た時、見る方も刺激されてその奥の自分がすっと出てきて、そこに笑いが生まれる。してみるとやっぱり人間の本質は喜びかな。
先日、滅多に見ないテレビを押し入れから引っぱりだして、まつさんが見ていた永平寺の修行のもよう。本当の自分に、真自己を見つけるためにあの修行があるという。あれ、おうちでしてるのと同じこと、お寺でしてるのか〜と思うと親近感がわき、日々の時間がいっそういとおしく感じられた。
本当の自分に厚くベールがかかっているから、時間がない時間がない、、と思わされちゃうし、何か焦らされちゃうし、ごはんは急いで食べちゃうし。自分が自分のからだと何か大いなるものに感謝して目の前のご飯のこれまた命を頂戴することを真に感じて召し上がってごらんなさい、私みたいに早食い大食いはできなかろう。。こころとからだがぴたっっっと一致すること。これは大事ですね。


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みそ仕込み

たまこ宅ではみそを自家製で作り始めて数年です。亡くなった祖母も、母も、作っていたけど手伝ったこともなく、、なんか当たり前にご相伴にあずかっていたんです。が、保存食に関するおばあちゃんの知恵袋のような本、城之内まつ子さんの文庫本を手に入れてから、あちこちの作り方を見て自分でつくってみて、これがびっくりするほどおいしい!!見事に手前味噌ですけど(笑)
何しろ簡単です。豆を煮てつぶして、塩とこうじをまぜたものと混ぜて4ヶ月寝かすだけ。一晩頑張るだけで一年嬉しくて美味しくて元気が出ちゃうんですから、まだの方にはぜひお勧めします。
こどもたちもぺったんぺったん豆を潰すのを楽しく手伝ってくれます。食べるたびに楽しく作ったのを思い出し、自分たちで作ったことの満足感も毎回味わい、誇りに思い、しかも添加物無しです。一石何鳥かな?
そんな暇ないよーって、いわないでください。やってみたらできるから。そろそろあたたかくなってしまうので早めに決断、則実行flairだまされたと思って!すでに作られてる方、おともだちになりたいです。heart04味噌端会議。

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出会いー再会

今私の中にとても大きな流れを感じます。
洋楽を中心に学んでいた22歳までのたまこと、邦楽を集中的に学んできたこの10数年のたまこ。今このふたつの大きな、全くべつべつの流れが、合流しようとしているのを感じます。同時に以前お世話になった先生、友人たちとも通信が再開(感謝!)し始めました。
おひとりはたまこの小学校の校長先生。
小学生時分は校長先生は雲の上の方で、毎週の朝礼でお話を頂くだけでした。
鳥のきれいなさえずりをテープに録音して聞かせてくださったり、
とても熱心に私達をどこかへ導こうとしてくださっているのが、幼心にも感じられました。
その校長先生と大学を卒業してから地域のあつまりで再会。(これが10年くらい前ですわ)
たまこはフルート独奏で出演したので(そんなこともあった!)役得で校長先生とすこしお話しする機会を得たのです。
テーマは「愛」について(笑)。恋愛、親の愛、色々な人間関係のたまこの理想をお話ししたのだけ覚えています。
今回「随之会」発足というたまこの大イベントに際し、思い切ってご案内だけ、、とおもって先生にお便りしたら、思い出して頂けて、お手紙を頂き、お電話でお話も出来ました!感激です。
たまこの音戯話のただ今執筆中の作品のひとつは、校長先生が朝礼で読んでくださったのが心に残り、ずっとたまこの作品にしようと温めてたもの。まだ出来てないけどその計画を先生に打ち明け、先生もそれを喜んでくださり、大きな時の流れの中のほんの一筋、なにかあたたかいもの、明るいものを心に感じる、ひとつの幸せです。感謝。

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こどもとともに

こどもたちがやってきて3児の母にさせてもらって、、、本当にご縁というのは不思議なものです。
高校時代は「たまこはシングルライフで仕事シマース!」とぎらぎらに張り切っていたのです。教員になって音楽活動をしようとしていたので、だいじなだいじなこどもたちにすべてをささげたい!ためには自分の家庭など持っている余裕はなかろうと、高校生当時は考えたためでした。そんな宣言をすぱっと忘れ(この辺りが調子いい)、恋愛を満喫、結婚してふと気がつけば小さい人が3人もいる!!!全然まわりにあかちゃんがいないまま、いきなり長女を腕に抱いた時は、本当に感動しましたが、全く妊娠出産育児の学習なく(三味線ばかり弾いていて)いきなりだったので、最初の夜は泣かれておろおろ、困ってナースコールして看護士さんに「すみません、泣いてるんですけど。。。」とすがったほどです。(笑)
子育ても満喫のたまこ、とはいえ、休みのない仕事ゆえ長女が小さい時はほんとうに大変でした。私は毎日新鮮でうれしかったけど、皇帝ペンギンのように交代子守りで暮らしていたので、おっぱいのでないまつさんは本当にさみしそうでした。当時気に入って住んでいたアパートはお風呂もないし、(向かいが銭湯だったので)、洗濯機も置けないし(階下がコインランドリーだったので)湯沸かし器も付けていなくて、お湯を鍋でわかして長女を衣装ケースのお風呂につかわせていたんですから、(今時かえって珍しい経験を積めましたhappy01)それを思うと、今はお風呂も洗濯機もうちにあって、別世界です!!
たまこはいつのころからか、いつでも「今が一番幸せだ〜!」と考えるようになっていました。夫とは随分長距離恋愛しましたが、所帯持ったらこんなに「ひとをこふる」ということもなかろう、なればいまはかえってしあわせだ〜、と思ったし、毎日一分一秒を争って寄席と子守りの行ったり来たり、思うように稽古もままならない時でさえも、帰路走りながら隅田川の夕日を眺めていたら「毎日超工夫をしてあーでもないこーでもないと、こどものこと、音楽のことに取り組んでいる日を重ねていられること、が幸せだな〜」と思えました。色々な道があるけれど、生きているというのはなにしろ本当に有り難い。こどもが3人になってみて、ほんとうに毎日かわいい〜すてき〜っていうことと、そりゃないでしょー!!という飴と鞭の修行がてんこもり。でもひとつひとつが本当に私にとってよく出来たタイムリーな課題であることに、喜怒哀楽の最中に驚き、感動します。出来過ぎで偶然とは思えない。偶然じゃないんですよね。
たしかに自分のために使える時間は制限有り!だけど、その分工夫とそのおかげの発見が多々あるたまこ。無駄なことなんてなにひとつない。困難も頭のつかいどころ。大中小並んだ寝顔がたまらない喜び。でも、さぁー私の時間だ〜!っていうのは時々。大半は子どもと一緒に意識をうしなっちゃうんですよね〜あぁぁぁぁぁ〜〜


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2月に入り、、

たまこのまわりで毎日訃報が続きます。驚く程続いています。お世話になった方、お慕いしていた方、知り合いの親戚、知人の知人、縁の近さは様々ですが、「死」を自分のものとして考えざるを得ない状況を突きつけられた一週間でした。肉体の「死」を見つめてみて、自分の「生」を思いました。家族の「生」も思いました。必ず限りのあるもの、今を有り難く受け止めて、精一杯「よき方向へ」、いざ進まん。
自分にくっついている過剰な?食欲、なすべきことと削っていいこと、優先順位、色々なもの(認識した方が良いもの)がすっきりと目の前に現れてきた感じで、衝撃的な悲しみの中に、やはり今生きていることを感謝する気持ちをはっきりと、感じざるをえませんでした。つい、生きていることも何もかも、あたりまえ、、にながしてしまうと、肚も上がってきて言動全てが軽くなりますね。「末期の眼」を時々思い起こし、自分の軌道修正にすると、本当の自分の道を近くにできるのかな。

本当に取り組みたいことを後回しにして、他のことをして(おいしいもの探して食べたりして。。)ごまかすのはやめにしたい!けど食べるのは大好きだなあ(涙)
寝食忘れる程、自分の音楽活動に没頭したいです。それには食べることに費やす時間が(調理、レシピ学習も含めて)多いかと、なんとなく氣がとがめるriceballたまこなのです。

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