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布団の怪談〜国分寺ライブその2

「鳥取のふとん」又は「布団の怪談」という題名で知られているお話です。
小泉八雲著の「怪談」に採話されています。小泉八雲さんの「怪談」は小学校時代随分繰り返し読んだ(ろくろ首とか、耳無し芳一とか、むじなとか)覚えがありますが、この、「鳥取のふとん」に関しては、別の出会いです。

 頃はたまこの小学校時代にさかのぼります。
たまこの小学校の校長先生は毎週月曜の校庭での朝礼に、毎回こころをこめてお話をしてくださる先生でした。本を抜粋して読んでくださったり、鳥の鳴き声をテープに入れて聞かせてくださったり、小学生の1年から6年生までみんなに向ける話と言うのは難しいと思いますが、校長先生はとても丁寧に私達に向き合ってくださっていました。
 その校長先生が朝礼で読んでくださったのが「鳥取のふとん」との出会いです。怪談、お化けの怖い話として聞いていいのか、かわいそうな話なのか、、、と、高学年でしたがたまこは困惑した、かもしれません。
が、校長先生は布団の声の主の兄弟が
(あらすじご存じない方いらしたらすみません!この話は宿屋の布団がしゃべる、という怖い話ですeye
「あにさんさむかろ」「おまえもさむかろ」といたわり合うところを強調してお話しくださいました。それが、ずっとたまこのこころに残っていました。こわいとか感動したとか、そういう何がどうということでなく、なんだろうな〜先生は何をおっしゃりたいのかな〜という感じでときどき思い出す、ということを20年近くしていたのです。
 10年前突如これを何らかの作品にしてみようと思い立ちました。はじめは朗読に邦楽器(箏、尺八、三味線くらいのアンサンブルで)をBGM風に使って、洋風仕立てにしようと思いました。作曲に取りかかりましたが、思うようにはかどらず、、
 しばらくして次に、落語(怪談噺)にしてはめもの(効果音)として三味線を入れよう、と考え、落語風に脚色しました。これを数年寝かせました。

 校長先生には地元の会合で10年以上前ですが、私がフルート演奏で読んで頂いた折、来賓でいらっしゃっていたので、お目にかかりました。そして、今年の始めに「随之会演奏会」のご案内を差し上げることを思いついてから、何と先生とお電話でお話しする機会を得ました。
その折に先生に「鳥取のふとん」の私のプランを申し上げました。とても喜んでくださいました。
畏れ多いことです。

 今回国分寺でライブをさせて頂けることになり、何をやろうかといろいろ練った結果、鳥取のふとんに挑戦することに氣が定まりました。落語用の脚本を引っぱり出し、さらに玉松会音戯話風にアレンジを加えました。ノートを開いてペンを持つほどいろいろ浮かんでくるものがあり、また、寄席通いや、町中など何気ないところで、創作のお〜〜きなヒントを毎日のように頂いています。まだまだかたまっていませんが、今、たまこはとてもしあわせです。楽しくて仕方がありません。願わくばそれだけに没頭出来る時間と場所がほしい〜〜と時々贅沢にも思わないでも無いですが、、大好きなこどもたち、大好きな仕事をしている、それあってのたまこなので、この夏これまでは工夫に工夫を重ねて寸暇を惜しんだ創作。もう日も近いのでこれから更につめて、練って行きたいと思います。

 shineこの話のベースにたまこが今感じるのは、マザーテレサの言葉「愛情の反対は憎しみではなく無関心」ということ。そして、いまも海の向こうで戦火におびえ、泣いている人たちがいる、という、現実です。
昔話、ですが、今回玉松会ライブでは、おとなもこどもも一緒に、「今」私達が同じ時代に生を受け、生きているannoy、ということをどのように感じて、感謝し、どこを見て、何を聞いて、何をしていこうか、ということをそれぞれの胸の内にご自身で問うてみる静かな時間を皆さんとご一緒に持てないものかと、欲しております。

どんな形になるか、どうぞお楽しみに!

ご来場くださるみなさんと、ちいさなことだけどたいせつなこと、をご一緒に考え感じられるライブに
なるといいなと思っています!

どうぞご来場頂き、たまこと玉松会の挑戦を見守ってください!!!shine

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