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2011年4月

日の出を見て

旅先で生まれて初めて?かな、日の出を拝んだ。
濃紺の空に山の端が紅くなり、ヨウヨウシロクナリユクヤマギワ、
どなたかの名文を思わず口にしてしまいましたな。
春はあけぼの!

じ〜〜〜〜っと待っていると山の重なりあうその間から金の太陽があっという間にやってきて
それはダイヤモンドのリングのように輝き、あっという間に白金のまん丸アマテラスオホミカミが
おわします様。
この山から昇る美しいさまをまじまじ見届けたのは初めてではないかと、、。

どんなにつらい事があっても、
夕日を見送って、
その翌朝、またのぼる太陽をこうして待ち受けて、
お迎えしたら、

おひさまはいつもそばにいて下さるきがして、
見守って応援してくださってる心強い気を感じられて、
また立ち上がれるに違いない。

こどもたちが将来失恋したり!挫折を体験したり、
つらいことがあったら、いっしょに夕日と日の出をみよう。
何も言わずそっと一緒に見よう。

これをかみさまからのエールと取らずに何とする!というくらい、
美しいそらでした。

あと2日程で新月となるくらいだったほそーい月もこの上なく色っぽく、うつくしく
日の出と共にその姿を隠して行ったおつきさまも、なんと神秘的なこと。

これが日々のそして月々のそらの営みかと思うと、毎日それを感じず知らずにいるのは
もったいないな〜〜〜〜

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同窓会っていいなあ

去年卒園の保育園仲間と同窓会のパーティーをしました。
保育園がうちから遠かったので、長女はひとりみんなとは違う小学校に進学。
一年ぶりの再会!
ママ中心の飲み会だ(と思った)けど、メンバーのパパのお店なので
こどもたちも(近所だし)10人くらい!来ていた!
仕事帰りの花金だ〜happy01
(月30以上勤務のたまこには金も土日も祝もないが、使ってみたいと思ってるうちに使われなくなりそうな言葉「花金」。。使ってみたかったんです)

遅刻したので歓声で迎えられた私と長女。びっくりして感動している表情の長女を眩しく見ました。
一足先に来ていた夫と次女(年中、去年から比較的近くの保育園に転園)と1歳3ヶ月の長男(次女が転園した保育園に昨年産休明けクラスから通う強者!)とも
合流。
子どもたちは皆自信に満ちて大きくなっており、驚喜驚喜。
うちのこどもたちの成長も喜んでもらう。

わたしは普段友達と喋ったり遊んだりするなんてことがない。
仕事に休みがないのも、あるかも。
でも、ともだちが、あんまりいない、のかも。
少しはいますからご安心ください。(笑)
時々電車の中で見かけるような、ママ友同士でおでかけっていうのは
珍しい、タイプということです。

そんな人見知り?の私も、なんだかやっと(卒園する頃から)
長女のクラスのママ達とうちとけられだした。やっと。

先生とか、上司とか、先輩後輩の付き合いはあっても、
対等な、仲間の付き合いというのが、不得手だったらしいわたし。

今、気がついてみればそれは、私が、見えない心の壁をつくってたんだ。
自分で縮こまっていたんだ。
自分で自分のことが、たいせつに出来てなかった。
自分ともよく付き合えてなかったんだ。

今、内と外から、こつこつとくちばしで卵の殻を割るところです。
私が、(ああもう何度目だろう!)生まれ変わる〜!
この薄紙一枚ずつの成長を素直に喜び、いま、この瞬間をいきることに
集中して、出会う皆さんとなぐさめあい励ましあい、ともにこの時代を
あゆんでいきたいとおもいます。

とっっても嬉しくて切なくて温かくてこころ強いひとときを過ごさせていただきました。
仲間ってありがたい!
みんな「おかあさん」という大役をもって日々奮闘の仲間です。
みんなじぶんでへなちょこだめママと思いながらも、日々仕事といえのことに、
心を砕く同士です。

こんな時節です。
おかあさんたちは力強く立ち上がるぞ〜!

お母さん大学のお母さんたちも奮闘してます。
http://www.okaasan.net/

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春〜2011

お久しぶりです。
この半年、あまりにいろいろなことが、私のこころの中で起こりすぎまして、、
ご無沙汰してしまいました。

結婚して以来、「お花見」が大好きで毎年楽しみにしてきました。
(町内に桜のきれいな小さい公園があったもので)
「きぼうのいえ」のお花見に参加させていただくようになって、
また桜に会えた、喜びと感謝をあらためて感じるとともに、
お花見できること、それが当たり前でなく稀有なもので、
それは偶然でない大きな力による応援と
じぶんの課題の見直しを迫られました。

今年はお花見を待つ心が震災からなくなっていました。
とてもお花を見上げていつものような喜びや、懐かしさや
希望や、克己の気持ちを持てないと、無意識に目を伏せていました。

娘の寒い春休みを終え、始業式で学校へ行ってみると、なんと
真間川の土手の桜が見事に満開!
つぼみも、いや桜の気配さえもまっっっっったく今まで感じずに
このひと月弱過ごしてきたものの、

世の中に何が起ころうともやっぱり精一杯、
いのちの限りに咲きみだれ輝く桜の花に、

あっとうされて、立ち尽くしました。


圧倒されて初めて、自分が下を向いていたことに気が付きました。

何をしたらよいか分からなかった。
あまりの被害の大きさに言葉をなくし、
あまりの事態の深刻さとマスコミの情報への不信感、
避難所でくらされている方々の大変さと
こどもたちのこころの傷、

どう動いて良いか、皆目見当もつかず、
ただただ立ち尽くしてしまっていました。

満開の桜に身を澄まされ、
今、わたしができることは、わたしのごくまわりのひとたちのために
そのすべてを飲み込んで支えてみようとすること。

「下座」音楽を仕事にして勉強していますが、
精一杯、こころを下座と、随喜でいっぱいにして
日々努めます。

春、大きな変化の春です。


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