心と体

鼓動

耳を澄ます、という言葉が好き。
日常忙しくしてしまうと、この言葉の表すところから遠い。。

早朝、パパとこどもたち3人、
寝相がよろしくて(笑)布団から生えてるキノコみたい。

ふと思いついて、長女がおなかにいる頃から妊娠中に愛用していた聴診器を手にする。

こどもたちがおなかにいる頃、3人ともいっとき逆子になって、
よくこの聴診器で心臓を探して、おぉ〜!とか、ありゃ〜とか、
一喜一憂したもの。

パパの鼓動。
ゆっくり、
トッタッ、トッタッ、トッタッ…
こんな音をさせていたのか、
この音と、わたしはともに生きてゆくんだな、
と、
感慨深い。

わたしの鼓動。
ノンタッ、ノンタッ、ノンタッ…

パパの鼓動と重ねると、どんな音になるのだろう。

小3長女の鼓動。
ぐタッ、ぐタッ、ぐタッ…

慎重な、細やかな長女のこころのつやみたいなものが
なんだか切々と歌っているような音。

みなずっと聴いていると、動いたりすると速くなるし、
呼吸も深くなったり浅くなったり、
その生命活動にシンクロして、鼓動も速くなったり遅くなったり
やわらかに変幻する。

年長次女の鼓動。

コッタッコッタッコッタッコッタッ

元気な次女らしい、軽快で明るい音。
かるい、あかるい。

長男2歳5ヶ月。

カッタッ!カッタッ!カッタッ!

さすが、うちで最も新品の心臓!響きも勢いもすごい。

希望とか、明るい未来とか、命の喜びとか、
そんな言葉が全部表れているような、
力強く柔らかくしなやかな音。

聴いているだけで、落ち着くというか、嬉しくなるというか、

元気の湧く不思議な音だ。


普段は聴こえないけれど、これはいつもいつも、
鳴っている音。

うちの中の、5つのからだで、いつもいつも出している、音。

一緒に鳴っている音。

どんなコラボかな。

けんか勃発のときは…

仲良くハッピーなときは、なめらかなハーモニーになる!

聴こえないけど、

耳を澄ませば、見える(感じる)音じゃないかな。


アンサンブルでは、リーダーのもと、
メロディを交代で奏でながら
お互いを引き立て合いながら
ひとつの音楽を編んでゆく、

それぞれがちがう音色で、ちがう旋律を
一緒に奏でてひとつの音楽。

ひとりひとりの鼓動。
我が家の鼓動。

町内の鼓動。

日本中の鼓動。

世界中の鼓動。

お魚も、鳥さんも、ライオンも、ぞうさんも
生きとし生けるものみんなの鼓動。

わぁ〜鳴ってる鳴ってる!

聴こえないけど、かなり鳴り響いている音。

鼓動が聴こえたら、
食事にほかの命をいただく時は、自然と頭が垂れる。

鼓動が聴こえたら、
見ず知らずの通りすがりの人にも、親しみを感じる。
同じときに鼓動をうつ、同士として。

音色にちがいがあっても、その尊さは同じであると、
あきらかに感じられる。

わかる、よりも、感じていくこと。

つながりを感じる、
鼓動。

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転換!の発見。

ラジオ収録の日。
この記録的猛暑更新のなか、たまこはハンカチを忘れて家を出たことに、最寄り駅までの道すがら気がつきました。sadwobblyweep

家に帰ればたくさんある、ハンカチです。

以前にもそんなことがあって、、、その時はたまたま呼んでいた本に
「自分に当座のものではなく、最高のものを与えるように」というフレーズがあり、
その時はそれが気になって、400円もする!タオルハンカチを買ってみたのです。
自分に定価のハンカチを買うなんてsign02(たまこは長らく繊維問屋も多い両国に住んでいたから)中学生以来?!くらい、思い出せないたまこ。(あの時も400円だった。。)

でも、気に入って買ったそのハンカチを見るたびに不思議と喜びが湧いて、いい思いを繰り返し味わえたな〜という体験が2年前。

そんなことを思い出しながら、どうしたもんかのう〜と
おでこを汗でいっぱいにして駅へ。
電車の時間を確認して時計を手に、駅ビル内改札脇の雑貨屋さんへ。
どれにしようかなnote和物がいろいろそろう可愛いお店。
涼しげな朝顔柄のハンカチが目に止まり、、お値段何と525円!!

迷う。 To 買う or not to 買う、that is the questionよろしく、
頭がフル回転。迫る電車の時間!

結局かなり思い切って、朝顔のハンカチを購入!!!(超〜財布の紐固いmoneybag主婦たまこ)

でも電車で、気に入ったそのハンカチを眺めているうちに、、、、

もし、今日ハンカチを忘れずに持って出ていたら、
このハンカチ、私のものにならなかった。。!?
もし持って出ていたら、自分のためにハンカチを選ぶわくわくした時間も持てなかった。

ひょっとしてshine、実はラッキーannoyだったの〜〜!!!??sunthunderflair

そう思ったら今度は嬉しくて嬉しくて。

ちょ〜ぶる〜crying、とか思って歩いてた時間さえ惜しいじゃないか!!(笑)

夜、寄席でお姉さんに「朝顔柄はもうじき時期はずれかと思ったんですが。」とお話ししたら、朝顔は秋の季語とのこと!幾重にもラッキー。fuji

「ものごとに真っ黒も真っ白もありません。
感じるのは自分のこころです。」

って、満月のおつきさま、おっしゃったのではないかな〜

思いがけなく低い空におわしたまんまるお月さま、
ご覧になりましたか?
fullmoon

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偶然とはいえ…

重なるときは重なるものです。
春分連休の月曜日、我が家へ私達夫婦への取材の方が来宅。このところ思ってきたことをいろいろしゃべり(2回目なので、更に整理された!)熱く夢を語り、今を語り、さらに希望をつよく明確にもったところです。
翌日火曜日、たまこライブ超長いばーじょん!なんと2時間をひとりで、というものに初挑戦。はじめ2時間と伺ったときはさすがにひるんだのですが、実際やってみると、あれ!もうこんな時間??というわけで、、勉強になりました〜!と同時にますます仕事をこころを込めて勤めようという気になりました。
という感じに予定が入っていたところへ、なんと!お母さん大学のお母さん業界新聞の「夢宣言!」コーナーへの掲載依頼です。早速原稿執筆&写真撮影!なんでしょうね!?4月号に小さくのる予定です。お近くでお母さん業界新聞を手に入れられる方は、ぜひぜひごらん下さいませ!
ということで、これからの希望の活動を徐々に明確なヴィジョンを描き足しつつあります!明文化されずにおなかにもっていたものがぴょこぴょことつくしんぼの様に出てきましたhappy01
あとはこつこつ実践あるのみです。楽しみです!!

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こころのはなびら

20代のとき考えていたこと。こころには花びらがたくさんあって、それはいつもこころを守るように幾重にも重なって堅いつぼみ。それが、なにか、そのひとのすきなもの、興味弾かれるもの、安らぐもの、いとおしいものに出会うと、つぼみはひらきだし、きれいな花を咲かせる。こころは感性、花びらは理性。つぼみを開かせるものはひとそれぞれでしょうが、良きもの、うつくしきものに相違ない。
刀が直撃すると傷つくから、普段ははなびらで守っている。喜びに包まれ花が開くと、それは芳香を放ち、ひかり輝くのでしょう。どんな光を放つか、どんな花びらを持つかは、その人の選択。
こころの花を咲かせる音楽活動をする。たまこの夢。
こころの花をおおきくそだてる音楽活動をする。大きな夢。

最近の大きな発見は、音楽活動にこだわることはない!一挙手一投足、たまこの表現として、なりうるのだ、ということ。ダンサーになるのをやめて(そんなこともしてた)稽古しなくなって、悲しいと同時に、ステージの上でスポットライトを浴びないのを残念に思っていたけど、スポットライトの下だけがステージじゃないことが、よくわかった。前も頭ではそうもおもったけど(シェイクスピアも仰せだし)からだでやっと納得がいったのです。

町ですれ違ったひとのとても素敵な雰囲気にふとこころが軽くなり、からだもかるくなったこと、ありませんか?ほんの一瞬でいいんです。固くなってしまったこころとからだをほぐすのはほんの一瞬のできごとでかわっていきます。一秒でいい。そんな一秒をまわりになげかけられるのは素敵なことです。
たまこも、つよくなりたい。やさしくなりたい。しなやかでありたい。


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わたし、とわたしのからだ

昨年9月タオ指圧の治療を受けて、私は今世で、このからだを神様からお借りして、勉強してるのだなあと、すーっと納得がいった、いわば自分を丸ごと受け入れることができそうで、とっても暖かな安心感と、感謝と喜びを味わった。指圧受けてなんでそうなるの?と思われる方は、タオ指圧の世界をのぞいてみてください。この間3人目のこどもが生まれた後も、やっぱり同じように、ああ、わたしはこのからだを借りている、最大限長持するように大切にして、最大限に生かして働かせて頂こう、と、心から思った。
この感覚を探って思い出してみると、、喜劇を演じているとき、その役者が心底まじめにその役を生きていたとき、観客は自分を制御出来ない笑いに引き込まれることがある、その役者の状態だ!と思うに至ったのです。日常ではつい、しっかりしなきゃって、普通の自分より少し背伸びしてみたり、又逆になまけてみたり、ほんとうの、奥の自分ってなかなか会えなければ出ても来ない。それが役者から出た時、見る方も刺激されてその奥の自分がすっと出てきて、そこに笑いが生まれる。してみるとやっぱり人間の本質は喜びかな。
先日、滅多に見ないテレビを押し入れから引っぱりだして、まつさんが見ていた永平寺の修行のもよう。本当の自分に、真自己を見つけるためにあの修行があるという。あれ、おうちでしてるのと同じこと、お寺でしてるのか〜と思うと親近感がわき、日々の時間がいっそういとおしく感じられた。
本当の自分に厚くベールがかかっているから、時間がない時間がない、、と思わされちゃうし、何か焦らされちゃうし、ごはんは急いで食べちゃうし。自分が自分のからだと何か大いなるものに感謝して目の前のご飯のこれまた命を頂戴することを真に感じて召し上がってごらんなさい、私みたいに早食い大食いはできなかろう。。こころとからだがぴたっっっと一致すること。これは大事ですね。


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2月に入り、、

たまこのまわりで毎日訃報が続きます。驚く程続いています。お世話になった方、お慕いしていた方、知り合いの親戚、知人の知人、縁の近さは様々ですが、「死」を自分のものとして考えざるを得ない状況を突きつけられた一週間でした。肉体の「死」を見つめてみて、自分の「生」を思いました。家族の「生」も思いました。必ず限りのあるもの、今を有り難く受け止めて、精一杯「よき方向へ」、いざ進まん。
自分にくっついている過剰な?食欲、なすべきことと削っていいこと、優先順位、色々なもの(認識した方が良いもの)がすっきりと目の前に現れてきた感じで、衝撃的な悲しみの中に、やはり今生きていることを感謝する気持ちをはっきりと、感じざるをえませんでした。つい、生きていることも何もかも、あたりまえ、、にながしてしまうと、肚も上がってきて言動全てが軽くなりますね。「末期の眼」を時々思い起こし、自分の軌道修正にすると、本当の自分の道を近くにできるのかな。

本当に取り組みたいことを後回しにして、他のことをして(おいしいもの探して食べたりして。。)ごまかすのはやめにしたい!けど食べるのは大好きだなあ(涙)
寝食忘れる程、自分の音楽活動に没頭したいです。それには食べることに費やす時間が(調理、レシピ学習も含めて)多いかと、なんとなく氣がとがめるriceballたまこなのです。

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朝の日課

毎朝、外に出ておひさまをおがみ、きれいなエネルギーを吸い込みます。とっても気持ちがいいです。
身体に良いエネルギーを吸い込んで、疲れたものを吐き出してリフレッシュします。ほんの短い時間ですが、これがあるとないではきっと大きな違い。すっきりして気分爽快な一日のスタートです。
今日はおひさまを見てなんとなく、自分の描くあまりにたくさんの希望を「できるかな〜」っていう不安な思いがふとよぎったのですが、即座に、
「できるかできないかではなく、やるかやらないかです」
という不思議な文句をキャッチ。
そうなんです。市川市立保育園を訪問ミニライブなんて、出来るとは思わなかったけど、動き出したらこんなに大きな勉強と喜び。まつさんも毎月ソロライブ開始。ちょっと前の私達だったら「忙しい」ということで、実現出来なかったと思います。まつさんと食卓でそんな話をしながら、今日もはりきってスタート!4時頃頑張って見上げ続けた空に、流星群は見ることができませんでしたが、早起きは三文のトク!の朝でした。


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ところでタオ指圧との出会い

出会いとは不思議なものです。
たまこはタオ指圧という指圧を勉強しています。
たまこは大学に入ったころから東洋医学になぜか興味を持ち続け、ひとりこっそり東洋医学系の本を見ては自分や家族に人体実験することを繰り返してきました。(もともとかなり本気で学びたいと思っていたのですが)
20歳でウィーンに留学し,大学の授業の中に呼吸法というのがありました。これは本当に私にとって画期的にすばらしいことで、(はじめのころは言葉がわからず苦痛な授業だったのだけど)とっても大好きな時間でした。日本で声楽を学んでいたときも腹式呼吸だのなんだの、言葉では言われるけれどもどのように身体を使って歌ったらいいのか,書籍や先生の説明ではいまいちつかみきれなかったのですが、ウィーン国立音大の声楽科のUte 先生の時間で,人生代わるほど!!快適な呼吸法の入り口を教えて頂いたわけです。そのUte 先生曰く、先生の学ばれたのは「禅指圧」で日本にもいらしたとがあり、師の名前も伺ったのですが、その頃その方面に全く知識がなかったもので,お名前は失念!!

そして昨年2008春、講談社+α新書、遠藤喨及著『「気と経絡」癒しの指圧法」という本が目に止まり、すっと手にしたのが始まり。読んで驚き本当に私が夢想していた世界がそこにはっきりあったので、わたしは本当に驚喜しました。とはいえ、仕事に家事に子ども達に追われて余裕がなかった日々を送っていたので、そのまま時は過ぎたのですが、別の本屋でもう一冊、遠藤喨及著『気の経絡指圧法 安らぎのツボ 実技編」に出会い、即購入してまたも感涙。本当に読んでいるだけで幸せと大きな希望を感じました。
勉強したいと思っていたけど、「気」とかいう世界になるとアヤシげな感じがするし、本格的な本は何が書いてあるのか難しすぎて理解不能で困っていたのです。ようやくようやく求めていたものに出会えた気がして本当に嬉しかったのです。
でも、何もことを起こすことなく時は流れ、、今度はFMラジオでイージーリスニング系が何気なくかかっていて、聞くとはなしに聞いていたら、DJが「ただいまの演奏は遠藤喨及〜」
はて、えんどうリョウキュウ、どこかで聞いたような、、(感激してるくせにその程度の記憶か!?とひとりつっこみ)あわてて本を確認したら、心酔した本の著者!と判明。
ここでネットで初めて調べ、タオ指圧を教えているセンターがある、しかも東京にもある、仕事をやりくりして行けないこともない、今新しいクラスを募集している、一気にたまこのボルテージ上昇。まつさんに相談し、協力の了承を得、清水の舞台から飛び降りる気分で通いだしたわけです。これが2008秋。半年の修練クラスを終え、今初伝クラスで学んでいます。長年思い続けたことをやっと学ぶ機会を得、本当に幸せです。不思議な出会いです。感謝。


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福祉施設訪問

不思議なご縁に導かれてこちらの施設を初めて訪れたのは今年の4月9日でした。
東京都にある福祉施設でマザーテレサの志を日本で継いだかたちのとてもすてきなおうちです。
はじめられたご夫妻の記事をどこかで読み、雷にうたれたような感銘を受け、雲の上の出来事のようにあおいでいたのが、あれよあれよとつながって思い切ってボランティア演奏を志願した所、快くご承諾頂き、入居者の方に聴いて頂ける機会を頂いたのです。
初めての時は施設外でお花見の折でした。

今回やっと施設のティーサービスの時間にお邪魔してお茶を片手に三味線と、まつさんの尺八の音色をお届けに上がりました。私たちの演奏もとても喜んで頂き、懐かしい出来事を思い出して頂いたり、私たちも昔のお座敷の雰囲気などを実体験として伺う事が出来、とても和やかな時間をご一緒させて頂きました。花柳界が一般社会から遠のいてしばらくたちますが、まだまだ先輩方の心の中では立派によきところheart04として生き続けているのだなあと、うらやましく思います。お座敷で鳴り物入りでうたや三味線、踊りを楽しむなんて、今となっては大変贅沢な事ですよね。しかも一回だけでなくちょくちょく、そんなことができちゃったら、、、いいだろうな〜(笑)

体調の関係でティールームに参加が大変なおじさまのお部屋へお邪魔して、文字通り訪問演奏noteもさせて頂きました。この体験はたまこにとっても、まつさんにとっても、生涯忘れられないもったいないすてきな体験です。お三味線がだいすきなおじさまが満面おしあわせな表情を浮かべられ音を浴びるようにお楽しみくださいました。弾き歌いしながら私も心が澄んで行き、あれこれ心配事、邪念の消え失せて行く時が流れ、ただただおじさまの表情に圧倒され、癒され、力を頂き、この機会を頂いた事を神様に感謝申し上げる体験でした。
生まれてから死んでゆくまで、さあたまこはこれからどんな事をしようか、どんなこころに育てようかと、お日様を見上げずにはいられないたまこです。感謝

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