音楽

たまこの洋楽時代その1

ミュージシャンとして本職(三味線演奏家)だけで生計の立つ希有な境遇にあると、
感謝の日々を送っているたまこです。
もともとは5歳からピアノを習わせてもらい、小学校では合唱部、
中学は吹奏楽部とオペレッタクラブ。高校時代は吹奏楽と、時々オケや室内楽。
音楽とともに成長しました。
とはいえ自分で好きでやっているだけで、小学校時分はピアノの稽古時間よりも
外で遊んでいる方が断然多い雑草系です。(笑)
でも5歳の頃から自分は音楽家であるという認識を持っていたのは覚えています。
不思議な事です。

音楽では食べられない、という、日本の悲しい状況を子供心に思い
教員として音楽活動をしようという計画をたてます。
ので、教員養成大学へ通い、中高音楽の免許も頂き実際大学卒業後は2年間教員体験しています。

大学受験前、声楽の恩師に、きみは歌はへたっぴだけどsweat02
学校の成績が良いみたいだから、文部省(当時)の試験うけてみれば?
と、不思議な提案をもらいます。
そこから、渡航費、学費、生活費、みな援助して頂ける国費留学を目標に
始動。数々の偶然の援助、幸運をつかみ、たまこは大学3年から
オーストリアはウィーン国立音楽大学に留学しました。
留学時代の話は一冊の本が書けると思いますので、
詳細は又の機会に譲りますが、わたしはとにかく、
良い先生に巡り会うことに掛けては、天才的な能力?があります。
数えきれない貴重な体験をしてそれまでの生まれて20年の人生の努力を
見事に集結、開花させる事ができた、留学体験でした。

何を選考していたかというと、ミュージカル、いわゆる音楽劇です。
オペラやオペレッタのコースは、4年間の声楽の課程を修了している必要があり、
たまこはまだ大学3年だったので不可で、私の在学している課程ではそのまま教育音楽科というコースが一般的だったのですが、どうしても音楽劇を学びたく(それが自分の大学では難しかったので)ミュージカル科を受験しました。
うたはもちろん、ダンス(バレエ、ジャズダンス、タップダンス、モダンダンス)に芝居、演劇の能力を3拍子そろって均等に求められるミュージカル科で、たまこは必死にその新しい世界を学びました。
すべてドイツ語で授業が行われるし、日本人学生などもちろんいませんし、、shine
でも、この2年間で、本当に私はいのちが開いたというか、全身全霊で喜び生まれ変わりました。

とにかく生まれて帰国まで22年間は洋楽中心のたまこです。
それが今、邦楽専門家なのですから、人生固くこりかたまって考えちゃいけませんね(笑)


| | コメント (0)

保育園でのミニライブ

玉松会のメンバーは尺八担当と、うた、三味線担当の二人です。
ライブは全体で30分程。
まず、三味線と尺八の楽器の紹介、材料や奏法など。
そして、小曲のソロ演奏、合奏。
メインは玉松会オリジナルの昔話に音をつけた、「音戯話」(おとぎばなし)です。
これまでに、「桃太郎」「浦島太郎」「鶴の恩返し」の上演を行ないました。
今月からの最新作は「鬼の橋」です。「大工と鬼六」という名前で知られているお話です。
このお話を持って、しばらく回りたいと思います。これまでの中ではたまこ自身は一番気に入っています。
「鬼の橋」はストーリーも単純だし、15分くらいの程良いところでまとまりました。
明日初演です。こどもたちにもどんな反応をもらえるか、とても楽しみです。

| | コメント (0)